シュロのチリ箒・墨壺講習会報告
7月13日(日)に東京都新宿区の東左職連会館で、東京都左官職組合連合会・平成会主催の「シュロのチリ箒・墨壺の作り方の講習会」が開催されました。受講者は約30名で、浜松や名古屋、栃木からの人も。先生方が力不足のため特別参加された榎本新吉さん(影の講師)は「そんな遠くから来るなんて、習おうと思うなんて、みんなえらいな〜」としきりに感心。指導を担当した長田幸司さん、勝又久治さん、河西栄さん、小沼充さん、木村一幸さんたちの頑張りで、充実した内容の講習会でした。
シュロのチリ箒作り
午前中はシュロのチリ箒作り。事務局によってシュロの木が用意され、樹皮をはがす作業から始まりました。ヤシ科のシュロは日本では本州で見られる植物ですが、はがす作業は初めてという人がほとんど。カッターを使って切り取る人、むしり取る人……、開始と同時に会場は熱気ムンムン。シュロの木のまわりに陣取る参加者のみなさんに、早くも榎本さんの声が飛びます。「そんな集まってないで、もっと広がってやれよ!」
続いてはがしたばかりの樹皮と、別に用意されていた樹皮約100枚のなかから数枚ずつ、それぞれが手にします。樹皮をほぐし、繊維を手で引っぱり、抜いていくのですが、このとき、繊維でない皮の部分は前もってハサミで切り取っておきます。指導する先生たちの手元を見ていると、一見抜く作業は簡単なようですが、これがなかなか……。最初はコツがつかめず、悪戦苦闘する人も。「こうやって押さえて、引き抜いていくんだよ」とやり方を見せる榎本さん。見よう見まねでやっていくうちに、みなさんどんどん慣れていきます。抜いたシュロの繊維を手で束ねながら、千枚通しで繊維をほぐしながら、ゴミも取り除きます。
束(たば)がある程度の量になったところでまとめて、根元のほうから紐(ひも)で巻いていきます。ギュッギュッと力を入れて締めながら。角材の上に乗せて、足で転がしながら巻く方法を榎本さんはそばにいる人に教えます。「そうそう、そうやってうまく足で転がすんだよ!」
ひもで巻いた部分を木槌でたたいて、形を整えます。次に、紐の巻き始めを解きながら、銅線を巻いていきます。「ただ巻きゃあいいってもんでもないんだ。数えながら巻くんだぞ。数は、自分で決めた数でいいんだよ」と榎本さん。1本の銅線がどんどん美しい模様のように巻かれていく様に目を奪われます。根元は強く巻き、毛先に近いほうは、若干ゆるめに。そうすると、毛先のほうが広がるような形が自然にできていきます。
巻き終わったら、木槌で銅線が巻かれた部分をたたいて締めます。さらに、穂先を千枚通しでほぐしてから、水で濡らし、木槌でたたき、広がるように整えます。それぞれが手にしたチリ箒を見て榎本さんはご機嫌です。「ほぉら、いいチリ箒ができたじゃねえか。根元は切り取っちゃうんじゃなくって、残しておくんだぞ。シュロは硬いから、その部分は掃除にちょうどいいんだ。これが関東流、オレたち一派のシュロのチリ箒なんだ!」
さまざまな素材、形のチリ箒
手順
1. シュロの皮を200mm程度はがす
2. シュロの繊維をほぐしてから引っ張る(いきなり引っ張ると切れるので注意)
3. 繊維をまとめて、千枚通しでほぐす(1番通し、2番通し、3番通しに分ける)
4. 1番通しの1/3のところをはさみで横に切る
5. 切った1番通しと互い違いにし、さらに2番通しを加え、形を整え重ねて束ねる
6. 細い(根元の)ほうから組紐でまとめて締める(かたく締めるためには、逆方向からもねじる)
7.木槌やかなづちでたたく
8. 根元のほうの組紐を解きながら22~24番の銅線で巻く
9. 束の穂先をほぐし、先を切り整える
10. 銅線を巻いた部分をたたき扁平にする
11.穂先を水につけた後、たたく
*使っているうちに穂先が古くなってくる。そのときは使用できなくなった部分を切り取り、再度穂先を水につけた後にたたけば、新品同様になる
12. 石灰液につける(色が黒くなったら引き上げる)
13. 水洗いし、突きノミ等で穂先をそいで整える
14. 根元側は切り取らず、少し長めに切りそろえる(たわしと同様に固まったものを掃除するときに使う)
15. 完成したチリ箒の穂先はゴムや銅線等でまとめて、湿らせた雑巾等に包んで保管する(乾燥すると穂先が広がるため)
材料
シュロの樹皮
銅線(22~24番)
石灰液(水に消石灰を溶かしたもの)
道具
カッター(シュロ樹皮をはぐときに使用)
はさみ(穂先を整えるのに使用)
千枚通し(穂先をほぐすのに使用)
木槌、かなづち(まとめたシュロを整える、巻いた銅線を扁平にする、穂先を柔らかくするときに使用)
組紐(シュロをまとめるときに使用。凧紐でもOKだが水糸は伸びてゆるむため不可)
ラジオペンチ(銅線を処置するときに使用。銅線の先をシュロの束に埋め込むため先が尖っているほうが便利)
ノミ(穂先をそぐときに使用)
墨壺作り
午前中のチリ箒作りが長引いたため、午後遅めに始まった墨壺作り。ケヤキ(欅)の木、ゲンジ車、軽子を導く0.5ミリメータの真鋳管が用意され、墨付けから始まることに。事務局が参加者に材料を配り始めましたが、軽子導入銅菅が軽子の針よりかなり長かったのを見て、榎本氏は「ただ配ればいいってもんでもないんだ。それじゃあ軽子の先の墨糸に墨がつかねぇじゃねぇか。頭は、生きているうちにつかうんだ!」と叱咤。軽子の針に合わせて、各人が長さを調整することになりました。また墨付けにモタモタしていると、「きちっと、すばやくやれよ! まぁ、墨壺なんぞ作ったことがねぇんじゃしょうがねぇか」と全員を励ます言葉。
慣れない墨付けに苦労した上に、ケヤキがかなり堅かったため、ドリルやノミで穴を開けるのにかなり手間取り、結局タイムオーバー。参加者それぞれが持ち帰り、完成させることとなりました。榎本氏は叱咤・激励を続けたことで精根を使い果たし、身体はややぐったりの状態でしたが、若い人たちが集まり熱心に手作業している姿に満足そうな様子でした。
手順
1. 堅木に定板、定木、ゲンジ車等を使い墨付けする
定板に底面を当て、定木から3mm上げたところに横墨を回す
底面・縦に金尺を当て3mm下げて縦墨を回す
縦墨・横墨から1mmの余裕をもたせ、ゲンジ車を当てて墨を出す
2. ノミやドリルで墨綿とゲンジ車が入る穴をけずって開ける
3. 堅木にゲンジ車の軸及び糸の導入のための孔を開ける
4. ゲンジ車を取り付けそれに墨糸を通す
5. 墨糸を軽子導入銅菅に通し、軽子をつける
材料
堅木(ケヤキ、クリ、ヒノキ等)50mm×100mm×50mm(高さ)
*少なくとも底面は平らになっているもの
ゲンジ車
*軸付き、購入できるが製作するのも一考
銅菅 0.5mm径
*軽子の導入用、ゲンジ車の軸用にも使用できる
穴かがリ糸
*絹糸で伸びないもの
軽子
*購入できるがキリ先等で製作するのも一考
道具
のこぎり、かんな(堅木を作るときに使用)
定板、定木、金尺、えんぴつ(墨付けに使用)
キリまたはドリル(孔開けに使用)
かなづち、ノミ(穴けずり時に使用)
事務局から
今回の講習会はすべての参加者に目が届くという意味から程よい人数でした。参加者の平均年齢が30歳代であると思われ、チリ箒や墨壺を作った経験がない人がほとんど。また、指導員も過去に作ったことがあるという程度の経験しかなく、実際の製作手順を確認しながらの作業は双方にとって有意義でした。
材料は事務局がほとんど用意しましたが、身の回りにあるものや購入できるものがほとんどなので、できるだけ日頃から集めるようにしておけば、仕事の合間に手作りすることができます。堅木についてはなかなか市販されておらず、今回も集めるのに苦労しましたが、入手できないものではありません。シュロもいざ集めるとなると「どこにあったかなぁ」と思いつかない状況でしたが、実はいろいろなところに生えています。出かけるたびに気をつけて見るようにすれば、あちらこちらで見つかるでしょう。
ビルの横にもしゅろの木が(港区)
参加者に聞くと、実現場では化学繊維のチリ箒や、ゲンジ車が見えないばね式の墨壺を使っているという話で、シュロのチリ箒、墨壺を自分で手作りすることに対して新鮮な気持ちが強く、驚くことばかりという感想でした。
(文/山口明、鬼久保妙子)