根子氏投稿1

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左官の未来

茨城県左官工業連合会会長 (株)根子左 代表取締役 根子 清


■ 左官業界の現況

左官の仕上げの塗り壁は建築の工業化、効率化、経済性重視の流れの中で昭和50年をピークに数年の間に設計図書上から無くされてしまった。
塗り壁から、コンクリート打ち放し仕上げに変更になった訳である。

コンクリート打ち放し仕上げで世界的に有名な安藤忠雄氏は東京大学での講義録「建築を語る」でコンクリート打ち放し仕上げを採用した理由を次のように語っている。
1969年最初に受注した工事が予算総額330万円の超ローコスト住宅であった。
そこで私は単純に、最大の空間容積を獲得し得るものとしてコンクリートの打ち放しを選択し、またこれならば化粧材なしで、仮枠を外せばそのまま仕上がって安価でいいだろうと考え設計を進めました。この時はコンクリートを美しく打ちたいということはまるで念頭に無く、ただただ330万円でどれだけ大きな空洞、いわゆるシェルターで囲われた空間が出来るかということしか考えていなかったのです。

また元東大名誉教授・日本建築学会会長 内田祥哉(よしちか)氏が編集代表した1992年発行の大学の学生用の教科書「建築施工」では目次を見ると左官工事は仕上げ工事にはなく、かろうじて細目に下地左官工事とあるだけである。それも数行に過ぎない。

安藤忠雄氏の設計思想、またこの教科書のように仕上げ工事の中で現場作業の多い左官工事は、仕上げ工事の中心から徐々に抹殺されて乾式工法が主体となってきた。
その結果左官人口は激減の一途を辿り、特に昭和55年から平成2年の10年間に10万人の減少を見ている。

左官人口の推移.jpg
(表をクリックすると拡大表示されます)

当時若手左官が大量に左官業界から去ったため、現在、左官業界は高齢化が進み平均年齢60歳を超えているものと思われる。
左官は技能習得期間が長いため他職種に比べ若年層の入職が少ない。
現在の補修と呼ばれる、各種仕上げ工事のコンクリート下地つくりの薄塗り、部分薄塗りでは伝統的左官技能は習得が不可能であり、後継者は養成が出来ない。
左官の塗り壁の仕上げ工事がないことには左官技能の維持継承が困難になってきている。

左官業界としても反省すべき点も多くあると思う。かつては建築の一割も左官工事量があり、建築業の中で奢っていた面もあった。
また使用材料についてもメーカー任せであり、使用材料の研究も学びも疎かになり、なるべく塗りやすい、簡単に、楽に施工できる材料を採用してきた面がある。
また施工技術についての研究も怠ってきた面も多々あったと思うのである。


■ 左官の塗り壁は何故ビニールクロスに敗れたのか

日本の気候風土、高温多湿の夏の気候から住む人を守ってきたのが土壁、漆喰であり、高い湿気を調湿して、快適湿度(40%~60%)を保ち住まう人の健康、命を守ってきたのである。

建築の工業化、乾式工法の流れの中で使用された、ラスボードに、石膏プラスター塗り、繊維壁は湿気に弱く、月日とともに表面がぼろぼろ落ち、剥がれてしまう壁であった。
またその防止に合成樹脂を混入したため、調湿、呼吸のできない壁になってしまった。
湿気の多い国に調湿機能のない、呼吸しない壁、湿気に弱い壁を塗ったことがビニールクロスに敗れた大きな原因であると思う。
また繊維壁は素人でも簡単に塗れる壁であり、左官の技能の低下を招いてしまった。
繊維壁は施工が簡単であるがために、左官本来の施工の難しい左官仕事の持つ職人の喜び、感動を奪ってしまった面もある。


■ シックハウス問題

左官にとっての追い風は高度成長時代が終わり、地球環境の悪化、国民の健康問題の悪化がある。
難病の増加、癌の増加、国の医療費が34兆を超える現状、青少年の異常犯罪、異常行動、朝から眠い、疲れている子供達等々の原因の一つに居住環境の室内空気の汚染問題がシックハウス問題の専門学者により指摘されている。
現代は石油文明の時代であり、石油から製造された石油化学製品の恩恵を受けて快適で便利な生活を享受してきた。
その反面、現代建築の室内空気は建材、家具調度品、電気器具、OA機器から発生する化学物質のガスに汚染されている。
また湿気を吸収できない素材のため、結露、カビやすく現代の室内環境は最悪の状態にある。
シックハウス問題は高い湿気の害と、室内空気汚染問題であると思う。

伝統的な土壁、漆喰壁の居住環境の時代にはカビ、結露、シックハウス問題は無かったのである。
日本の居住環境から大きく土壁、漆喰壁が消え始めたのは昭和40年頃からであり、平安時代に誕生した土壁の歴史1400年からみれば極極最近のことである。


■ 新しい土壁

歴史と伝統ある土壁は日本の気候風土、夏の高温多湿から土の持つ調湿機能で快適湿度を保持して快適で健康的な居住空間を提供してきた壁である。
土は素晴らしい素材であるのだが、高コスト、乾燥期間が長い、表面が弱く、濡れると簡単に崩れる等の難点があり、そのままでは現代の居住空間に適合しない点が多いと思う。
15年前に誕生した珪藻土壁は機能的に土壁、漆喰壁に匹敵する機能があり、住まう人の健康、命、財産を守ることができる壁である。
コスト面、効率面、スピード面でも乾式工法に十分対応できる壁である。

しかし、残念ながら現在出回っている珪藻土壁の多くは作業性、効率性、経済性を重視したものが多い。
また色むら、ひび割れが発生するとクレームになることが多い、そのためクレームの防止のためか合成樹脂を混入した珪藻土壁が多く、作業性、クレーム防止を最優先するために、機能性が少なく、湿気に弱く濡れると崩れる、呼吸しない名前だけの珪藻土壁が多く出回っている。

日本の気候風土を考慮した時、伝統的歴史ある、石灰をブレンドした珪藻土壁が最適であると思う。
左官は高温多湿な日本の気候風土から数千年の長きにわたり、居住環境に土壁、漆喰壁を塗り、日本人の健康、命、財産を守ってきた技能集団であり、そこに左官、塗り壁の使命があったのである。
現代の建築は乾式工法が多く、建築古来の伝統ある技能の多くを切り捨ててきた面がある。現代の建築に伝統技能の持つ感動を取り戻していきたい。


■ 本物を求める時代

現代は本物を求める人々が多くなってきた。日本の文化の持つ快適さ、癒しに対する評価が見直されつつある。
本物の塗り壁 土壁、漆喰壁の持つ快適さ、癒しの評価も高くなってきている。
フランスでもフランス語で「タタミゼ」と言い生活に畳や障子を取り入れるなど、日本風の室内装飾や様式を取り入れるフランス人が増えてきているそうである。
本物とは人々に幸せ、健康、喜び、震えるような感動を与えられるものである。


■ 左官の未来のために

酒造メーカーも、酒屋も試飲してから、酒を売るのである。
左官業界は自分の目、感性で本物の塗り壁を採用し、実際に塗り住んでみて体験、体感することが重要である。
本物の塗り壁で得た感動、喜びを人々に、お客様に伝えることである。
口コミこそ大きなPR手段である。
左官業界が単に作業生、経済性重視で、楽で儲かるからと考えて呼吸しない、湿気、水に弱い塗り壁を採用していくならば遠からず、社会から必要とされない職業として抹殺されることでありましょう。

本物の塗り壁「石灰系珪藻土壁」は塗りやすいのだが、仕上げが難しい壁である。
大壁の施工には多くの人手を必要とし、チームワークが重要となる。色むら、ひび割れの発生も皆無とはいえない。
しかし、気難しく、仕上げが難しい壁は、それをマスターした時職人として大きな喜びと感動があるものである。
使用する鏝を選び作業方法、手順を研究し研鑽を重ねていくところに技能の継承、進歩があると思う。

本物の塗り壁、新しい土壁「石灰系珪藻土壁」で住まう人の命、健康、財産を守り、本物の塗り壁が持つ感動をお客様に与えることが出来るならば左官業界の明日は明るく開けていくと思うのである。



※本文は、(社)日本左官業組合連合会誌に掲載された記事を転載させていただきました。

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