ある左官屋のつぶやき
世の中不景気になっちゃって、どうやって生きていくかって?
借金しなければ、貧乏でも食っていかれる。何でもやって、生きていけばいい。どうにか生きていかなきゃいけないんだから。あと、仕事のない時は次の仕事の用意をしておけばいいんじゃねえかな。使う材料作っておくこと。そのうち仕事が出るようになる。
職人は伝統を見て、知識を身につけて、だんなに喜ばれるために最高のものを作る。そのためには、ものを見る目を育てるってことも必要じゃねえかな…。知識がなかったら、目は育たないんじゃねえかな。博物館に行ったり、着物の文様を見たり…。いいもんはいいんだから。いいなと思ったのが頭のどっかに記憶として残る。だから、いろんなもの見ることも必要じゃねえのかな。
今の職人は遊び心がないんじゃないかな。心に余裕がない。職人は遊び心ですよ! お金じゃないんだから。昔の職人はどっかに、自分がやったっていう「証拠」を必ず残すんだから。職人ってのはそういうもんなの。人が気づかないところにそっと「証拠」をな。いつか、その「証拠」に誰かが気づくことがある。そこに対話が生まれる。
さっきの材料のことだけどな、今、あちこちで左官の講習会なんてやってるけど、仕上げだけをやっているところが多いんじゃねえかな。仕上げばかりやるって、何のためにやるんだか。だからね、100ばっかりやっててね、1を知らない左官屋じゃ、仕事がきたときに、ちゃんと仕事ができるのかなって。材料の作り方、やらないとおかしいよ。
ノリの買い方も知らねえで。ぬれてるノリなんて買ってる職人がいるけど、それはどうだかなって。乾燥した角又を買ってきたほうがいいんじゃねえかな。ぬれてるもの買うバカ、いないでしょ。水まで買うんじゃねえよ。 メーカーが既調合の材料作っちゃって、みんな、それを使うようになっちゃったから、左官屋が材料作れなくなっちゃった。左官の材料は料理と同じ。要は、壁は砂とワラと泥を混ぜてぬりゃあいい。混ぜておきゃあ、練りいい泥ができるでしょ。
(聞き書き:鬼久保妙子)