ちかば散歩⑥ バーナード・エノモト師
蟻谷佐平 (編集員)
2013/03/02記
先に、硬化水と余剰水のおさらい話をします。左官の材料の固まり方はそれぞれですが、水を混ぜて捏ねるときの水加減は二つの理由で決めますよね。いわく『練り塩梅、塗り塩梅』のことなのですが、ひとつ目は材料を固めるのに必要な水=硬化水。もひとつは壁に塗りやすい塩梅、作業性のために足す水ですね。この水は硬化には必要ないので余剰水と呼びます。硬化水が足りないと材料は硬化不良になります。セメントのように化学反応で固まるときに水不足になれば、不十分な反応になってしまいます。一例に『ドライアウト現象』のように、壁面の塗り壁が指先の力で容易にほじくれたり、サラサラ粉立ちしたりして故障を起こします。一方、余剰水の多すぎた場合は、壁面の塗り壁にダレワレやクラックが発生する故障要因になります。
土は固まるとき、セメントのような反応はしません。土は水が抜けて固まることから、むしろ『硬くなる』とあらわせば、硬くなった土に水を足せば『軟らかくなる』原理も解りやすいですよね。この原理を説く方、バーナード・エノモト師の話に繋げます。
千石の工房には、左官道具に混ざってボンベ付ガスバーナーが常駐しています。最近は軽便なハンドバーナーも手元にあります。土壁の見本はじめ漆喰、最近ブームの光る泥だんご作りのとき、このバーナーを用いて、乾燥をはやくします。つまり、強制的に水を蒸発させて抜くのです。一見乱暴に映りますが、泥から水が抜ければ硬くなる理屈をわきまえていれば、時間短縮に役立ちます。
午前中、ひと塗り終えてご近所の喫茶店『パック』で一服。いつものブレンド珈琲飲みながらの左官談義。今日1日の客、午前中のみの客、午後からの客・・・・とエノモト師を訪ねる方は多くいます。そして一期一会のように接する師ならではのサービスとして、『緒から完成まで』を短時間のうちに技を開陳してきました。壁土を捏ねて自然乾燥を待つのであれば、その『完成』姿をお見せできません。バーナーを用いるのは、エノモト流サービス、最上のおもてなしなのです。
バーナード・エノモト師。文京千石榎本新吉師のおもてなしに崇敬すればこその名付け。権威のありそうで格好よくて秘かに気に入っている名前ですけど、師に云えば、「そんなこたぁ、どうでもいいから何か課題持ってきたかい?」ってイナされそうです・・・・。電話口で、「バーナー? ありぁ便利だけど、もっとスゲェもんあるぞ」って、85才にして元気も元気。でも、息切れすっからって、すぐに途切れる最近でもありますが・・・・。
昨年の大江戸左官祭り『榎本新吉流 光る泥だんご教室』でお会いしたおり、その『流』に無邪気のように喜ばれていました。そう、流派の始祖だもんねぇ、と相づち云いかけて言葉を飲み込みました。なぜ榎本新吉師はご高齢にもかかわらずこの場に・・・・、ぼくの憶測になりますが『世間への恩返し』しているようにみえました。そのようにみえたのは、身近に小沼さんのような左官後継者が現れて、新吉流の技を受け継ぐばかりでなく、その生き方を敬愛するのを視たことによります。そうした安堵する心境もあって、「世間への感謝を誘われるままに『最上のおもてなし』をさせていただくか」と思われているのかな、と・・・・。新吉流一門と云うには異端児に過ぎないぼくですが、そのように思えました。
再び、バーナード・エノモト師。「だからてんじゃないけどな、世の中おもしれぇなあ、こんな老人つまえてなあ、今ごろ何させよってんだい?」。ご機嫌なときのセリフ、こんな日には手の内の奥深いところを見てご覧と・・・・。
※写真はHP『千住閑人帳』掲載の榎本新吉師です。