手作りのチリボーキ
久住 章
■02 シュロ(棕櫚)のチリボーキ
1.はじめに
市販されているチリボーキはシュロ製、ジュート製が多く、形状も太めに作られている。繊維が太くバサついているので使いづらいが丈夫で長持ちである。この様なものは別として、自分でシュロ製チリボーキを作る職人もかなり居る。特に京都の町屋職人の多くは手作りしており、その形状も共通した特徴を持っている。
2.シュロ製チリボーキの形状
上記の形状を作るには巻き糸では難しく、直径1㎜~1.5㎜の銅線を使用する。一節巻いてはハンマーで叩き扁平型にする。手作りのシュロ製チリボーキはススキのチリボーキより薄く扁平にしている事が多い。市販されているものも扁平型になっているが、それでも厚すぎる。
シュロの繊維は太いわりには腰が弱く、第1段目の結び目(首)から毛先までが長いと腰が弱くて使いづらい。しかし短いと毛先を薄くできず図14ロのように毛先の形状が鈍角になり、チリ掃除の時チリボーキの柄が壁側に傾くためにチリ際が見えにくくなる。また壁チリ際の上塗りが切れやすくなる。
図14イのような状態になるのがよいが、シュロは繊維に腰がないので図14ロに近くなる。
3.シュロとススキのチリボーキの比較と特徴
31) 上部はシュロ、下部はススキ。ススキはかなり薄くても腰が強い
32) シュロとススキ。太さはかなり違うが毛先の腰加減は同じである
33) シュロのチリボーキ各種
34) シュロとススキの毛先を横から見て比較
35) シュロとススキの比較
このシュロ製チリボーキのサイズは京都型より長く作られており大阪型である。この長さの特徴については別項で説明する。
シュロは繊維に腰がないので太く作る。必然的に繊維の本数が多くなり、毛先の形状がススキとは異なり使い方や仕様目的が変わる。細いチリボーキは柄の芯を竹串で補強する。
4.シュロのチリボーキの特徴と考察
図14ロの問題点を解する形状として腰が少し弱くても毛先を長く作り、使用する時に毛先に指を添えてチリ掃除を行う。毛先の腰の弱さを指先で補佐するのである。
指先を毛先に添える状態とは、チリボーキを掴む柄の位置が毛先近くに下がることになる。当然掴んだ手より上に長くチリボーキの柄が出ていれば、チリボーキの重心が上がるので操作性が悪くなり、また水の切れも悪くなる。必然的に全体を短く作ることになる。また毛先の汚れ取りや水切りの際にも毛先に指を添えたままで手の指を浸すことになるので常に清い水に交換する必要がある。
毛先に指を添える方法にはもうひとつの事情がある。シュロを結ぶ銅線が江戸時代早期に普及していたと仮定すると、水の入れものは木製の手桶が主流であった。この手桶でチリボーキの水を切る場合、誰が使ってもおおよそ同じポイントにチリボーキの銅線が当たる。そうすると手桶は銅線の当たる一部分に疵がつき、短期間で穴が開いて使え無くなる。それを防ぐために少ない衝撃で水を切る方法として毛先に指を添えたのではないか。あるいは糸を巻いて結束したチリボーキを使っていたのかも知れない。
金属製のバケツは明治時代に入ってから急速に普及した。その場合でも水切りの際に銅線で巻かれたチリボーキでダイレクトにバケツを叩くと、大きな音がして品が悪く周りの迷惑にもなるので、やはり指を添えて音を殺したのかも知れない。そう思い浮かべてみると、銅線巻きによる結束のチリボーキの発生は、金属製バケツの登場と同じ時期かも知れない。いずれにしても新しい素材と使用方法はその時代を反映するものである。
5.毛先が三日月型になる理由
使い込むうちにチリボーキの毛先の中央がくぼんで三日月型に削られる場合がある。この形は壁の隅部分には使いやすいが、直線部分には使いづらい。これは全体を太く作ったために毛先の角度が鈍角になることによって生じる。
この形のチリボーキをチリ際に当てると、先端の毛より下の2番毛、3番毛が押し出されて、毛先が直線もしくは緩いカーブの山形に並ぶことになる(図16)。
つまり毛先がチリ面に厚く接触して力が入っている状態になってしまうため、フェザータッチが求められるチリ掃除には向いていない。ただし作業の回数をこなしてゆくうちに、次第にこの状態が解消されて使いやすくなってゆく。
もうひとつ、原因がある。チリボーキは裏表両面を常に使う。最初は直線もしくは「なで肩」で作っておいても、両面を正確にうまく使い込むと中央部分が先に磨耗して、結果として三日月の形になる。そういう使い方のできる職人は名人である。ただしそのような形状になると前述のように使いづらくなり、常に元の形に修整する。従って、三日月型は短期的な現象である。