河田氏連載2

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泥狂記 第2回 (複合材による左官用塗材と工法について)

河田繁行



職人が入職してその業を終えるまでに一体何人の師に学ぶことが出来るだろうか?
昨年(*注1)、はからずも伝統的な表彰をいただいた時に、衷心から残された時間の短さを感じている昨今である。
一昨年は馬場明先生、昨年は小俣一夫先生、過日は畏友佐藤嘉一郎氏と共に山田幸一先生が陋屋に来訪され、 いろいろと御教示をいただき、職人冥利に尽きると思っている。
山田先生から、資料を整理して、出来れば発表したらと勧められて思案したが、私の資料は失敗が大半で、後は未完成の資料と試験体ばかり資料庫に山積みしているのが現状である。
ただ左官なら私と同じような過程を辿る人に、何らかの参考になればと思い、私の発想や実験の過程を独断や偏見をまじえて発表すると共に、 私の疑問やあやまちを教えていただければと思い発表することにした。

(*注1:本文は河田氏HPに、平成2年に掲載されていたものを転載していますので、文中の年月描写は当時に置き換えてお読みください。)




石灰について

まず石灰について。
私が左官に弟子入りした昭和10年頃は、弟子はくしゃみをしながら、消石灰をいやと言うほど毎日練らされたという塗材であるが、昨今はあまり使用されていないのが現状である。
乾式工法の発達その他種々の要素が重なってのことであるが、石灰の使用量の減少は、左官が仕上工から下地工に成り下がった一つの要因だと考えられる。

石灰を伝統的な使用法は、主として漆喰塗を考えた場合は、完成された工法なのでこれはさておき、 違った角度から石灰を見た場合はどうなるか考えてみた。しかし、これはあくまでも私の居住している山口県からみた所感である。
私の独断で云えば、現在町場、野丁場を含めて石灰は即漆喰塗であり、漆喰塗りは伝統的な在来工法というのが一般的な概念である。
そのため工期が永い等諸々のイメージが、設計士を含めて左官にも定着しているのではないだろうか。

昭和56年3月頃から、まずモルタル鏝押えの翌日仕上げに使うためのコート材に混入する石灰クリームから取り組んだ。
この頃はモルタル鏝押えの場合、連日最終の鏝押えを終わるためには22時前後まで残業しなければならず、労務費及び経費を入れるとばかにならない金額になるからである。

当時、私は福岡県田川市の位登産業(株)に出入りしていたが、当会社の技術員と一緒に共同研究という形で石灰パウダーに取り組んだ。
石灰パウダーは生石灰を微粉末に調整した製品である。
現在でもそうであるが当時は左官工事に使用する石灰は主として消石灰であり、石灰クリームは殆ど使用されていなかった。

大きな槽で生石灰を沸化し、1~2週間以上おいて使用しなければ未消化の生石灰が撥華する等の事故が起きるということが、生石灰クリームの常識なっていた。
しかし、微粉末に調整した生石灰を使用すれば水和反応が速く、したがって小さな槽に攪拌機で混ぜるか、又はミキサー内で沸化出来れば、手軽に完全に沸化出来るのではないかと考えた。

ドラム缶の半切りで沸化し、試験体を作り蒸気試験を繰り返した。
蒸気試験は私の所と位登産業の2ヶ所で繰り返してみたが、予想した通り撥華はでなかった。
時には沸化直後、70度、50度、30度、沸化熱のさめない生石灰クリームで試験体を製作し、蒸気試験を何十回繰り返しても撥華野現象は見られず表面硬度の硬い試験体が出来るばかりであった。
沸化試験はその後3年間以上続けて試験した。

この石灰クリームに、セメント、糊料、少量の化学繊維、大理石粉、樹脂等を加えて、前日製面したモルタル鏝押えの下地に、コートとして使用した。
生石灰クリームの欠点といわれる、腰のない豆腐を塗るような感じの石灰クリームが、セメント混和用ポリマーディスパージョン、糊料、骨材等を混ぜた時に鏝すべりが良く、市販のコート材と作業性及び表面硬度は変わらなかった。
特に結露のひどい時期は、モルタルをそのまま直押さえした壁面は結露したが、石灰クリームを混入したコート仕上の場合は、結露は殆どなく工期の短縮に役立った。

沸化試験を繰り返すうちに撥華が出ないことがわかって、沸化と同時にPVB、スサ等を混入した漆喰の上塗が同時沸化できないかという試験に入った。
PVA、耐熱性化学繊維、炭酸カルシウムを予め混和しておき、ミキサー内に生石灰を投入してミキサーを回転しながら沸化させ、粉塵がおさまった時に前記の塗材を混和して沸化させた。
塗材を投入直後の温度は98~90度位である。
沸化し終って塗材を試験体に塗って作業性及び撥華試験、表面硬度を調べる日課を続けた。

毎日沸化する石灰クリームはたまるばかりなので、セメントに10~15%混入して使用した。
石灰クリームを混入すると作業性は良くなるが、セメントモルタルに石灰クリームを混入するのは私の所だけなので、何かインチキをしているような気がした。

こうして書いてくると誠に順調にいったようであるが実際は撥華しないかという不安が頭の中にあるし、もう一つは疎水性の硬質な漆喰ができないかと石灰クリームの中に混入する疎水性のものも探した。
そのため樹脂や油脂類、パラフィンも混和してみた。
繰り返し試験体を製作しているうちに、従来の消石灰を使用した漆喰よりは表面硬度が硬く、時にはモース硬度5を示した試験体も出来た。

表面が急速に硬くなるのは良いか悪いか議論はあるだろうが、我々左官にとって施工期間中の傷の問題は頭痛の種である。
せめて石膏くらいの硬さが漆喰にあればという念願は左官なら持っているのではないだろうか。
その当時の試験体を今見ても、硬さと色相は石膏プラスターに近く、作業性は消石灰の漆喰と同じ位のものが出来た。

硬さの原因がわからないので、位登産業(株)が昭和56年8月に、工業技術院丸州工業技術試験所に現品を提出し、 電子顕微鏡写真と熱示差分析の結果を見てもらった。
この時の結果としては、今後繰り返し検討する必要があると言う事で、確かとしたことはわからなかった。
しかし、現実には硬い漆喰が出来ることには間違いなく尚実験を重ねていった。

この文を書くにあたって、出来るだけ一貫した文章を書くほうが分かりやすいと思ったが、無学な一左官が試行錯誤を重ねていくと、何十ぺんとなしに後返りすることがある。
前述の疎水性のものを、混和する実験を早い時期から繰り返したと書いているが、最初疎水性はさほど重視していなかった。
石灰は気硬化する塗材であるので、年月が経てば硬化するものであり、PVAを混入すれば水硬性になるという先入観念があったからである。
樹脂や大理石粉を混入したのは、主として作業性と硬度の問題であり後述する。

その後に、古い土蔵の壁の剥離したのを見ているうちに、剥離した漆喰は膨潤して剥離したものが多く、下塗の中塗土も風化し膨潤化したものが多いのに気が付いた。
当地方では漆喰に種油を入れることが古くから行われていたが、中塗土に石灰等を補強する工法はあまり取られていない。

私が微粉末に調整した石灰クリームで、漆喰を製作しようとした動機は、河田として稀に塗ることのあるブロック積みの上に塗る塀の漆喰がほしかったからである。
しかし実験を繰り返すうちに、この石灰クリームに疎水性のものを混入するほうが良いという確信を持てるようになり、光沢を出すには疎水性を兼ねたパラフィンを混入すれば、界面活性剤にもなるし、作業性その他が向上すると考えてパラフィンを選んだ。
幸い地元には日本精蝋(株)の研究所があり、事情を話して共同研究という形で日本精蝋(株)の製品を混入することに決めた。

パラフィンの混入については色々思い出が深く、昭和59年3月から現在に至るまで、日本精蝋(株)の援助をいただいている。
昭和60年の9月頃に地元の笹戸建築設計事務所により、某会社社長宅の土蔵の修理を頼まれて、初めて鼠漆喰の製造に入った。

この頃になると日本精蝋(株)の各種の製品から、だんだんにしぼって来て、粉末のパラフィンかエマスター製品番号0010のどちらかにしぼられて来た。
この時のことは、左官教室に疎水性の塗材を構成するために、混入するパラフィンワックスについてとして発表した。

樹脂と大理石粉については、確かに石灰クリームに糊料やスサだけでは、豆腐を塗る感じがして塗材に腰がない。
しかし、生石灰クリームとPVAとスサだけで硬質の塗材が出来る。
私が初期のうちに友人に頼まれて、ある邸宅のブロック塀に、かつ石を混入した上記の塗材を共同で塗ってみたが、光沢・硬度も7年間経過しても変化はなく、硬度はむしろ硬くなり、石や釘でこすれば別だが、爪くらいでは傷はつかない。
しかし、この場合はブロックに下塗はセメントモルタル、中塗は石灰モルタルを下地とした場合であり、既製概念の漆喰を塗るように下塗、中塗、上塗の工程を取った時はそれでよい。
しかしベニヤ板や珪カル板の上に、薄塗工法として、上塗りだけをしごき塗して仕上げる薄塗工法が出来れば漆喰塗の用途は広がる。
そのためには樹脂や大理石粉を混入した方がよいと思った。

この当時には漆喰に樹脂を混入するということは聞いたことがなく、各樹脂メーカーに問い合わせたところ、わずかに酢ビ系エマルジョンを混入すれば効果があるという事がわかっていただけであった。

一般的に、セメント混和用ポリマーディスパージョンを塗材に混入して、鏝押さえ仕上げする場合は、塗材が表関していわゆる革張り現象を起こし、鏝押えがなかなかうまくゆかないものである。
特に糊料や樹脂の量を増し、塗材を厚く塗ると皮張り現象がおきやすい。
又、天候や風に左右される。
塗付けた塗材の水引が速ければ、表乾も少なく鏝押えができる。

私が出入りさせていただいている、新南陽市にある日本ポリウレタン(株)の研究所に行き、 工場製品のポリウレタンに適当なものはないか聞いたところ、広島の業者を紹介していただいた。
ここでポリウレタンフォームを厚さ10mm~15mmに整形し、片面に粘着剤を塗布してもらい、鏝やベニヤ板を貼り付けて、鏝刷毛と称して雑巾戻しに使用している。
これは誠に重宝なもので、値段も安く、水に湿して適当な水分を調整すれば、造膜した塗材や粘性が高く鏝押え出来ないものを簡単に鏝押え出来るようになった。




スサ、ノロについて

鏝の漆喰磨きには最終的にはノロを使用することもあるが、私の記憶では祖父や父の元で私も和紙を小さく裂き、叩いてはほぐし紙スサを作った記憶がある。
昔のことで記憶はうすれたが、蔵の漆喰に使用するスサは(ご)といって?種油もしくは椿油を精製する時に使用する麻の袋を、椿の幹の径22~30cm、高さ3~4cmの台の上で麻袋を小さく切断し、叩いては手で掻き混ぜて、いわゆる油スサを1~2回作った記憶がある。
しかし、いずれも手間がかかり想像するだけでも億劫になる代物である。

私が石灰に取り組むために高知県に行った時、当時の高知県建築住宅課伊藤憲介氏の御厚意で入交産業をはじめ、色々な方のお世話になり、初めて土佐漆喰を製造する現場を見学した。
昭和56年6月である。
その時土佐漆喰を買って帰り試験体を塗り、土佐漆喰のノロをかけてみた。
篩で土佐漆喰をこしてみたが藁スサが入っているので案外手間がかかった。
しかし、これは私が実際に土佐漆喰を塗る現場を見聞したのではないので正確なことはわからない。

安いのがとりえの田舎左官、いっそスサを入れなければ手間が省けると考えた。
これは一つにはノロ掛けするような仕事がなかったからである。
ポパールの粉末とパラフィンの粉末、各塗材の分散を良くするのと作業性を向上させるためにガラスビーズの粒形の細かいものを混ぜ合わせ、細目の篩で空漉しして、石灰クリームに混ぜ合わせて使用した。
パラフィンの量を増やせば磨き壁の時は楽に出来る。
手擦りしないで硬化後パフで磨けば良い。
文献にあるような露拭きをする必要はない。
こうして書いてみると、このノロは漆喰のノロと称すべきか石灰モルタルというべきだろうか自分でもわからなくなった。

石灰だけでも昭和56年から現在までの資料は数百ページになるし、この間の経過を書こうとするとかなりなものになり、結論の出てないものが大部分である。
例えば、石灰と樹脂とタンカルを昭和62年2月24日頃から5月7日頃まで繰り返し試験体を塗っているが、その資料には大手樹脂メーカーの研究員の意見として、石灰に関しては、エチレン酢ビ系の樹脂がアクリル系の樹脂より良いという話であった。
又、水溶性の樹脂(MC)が案外効果あるという話も出た。

重ねてこの石灰クリームを鉄筋コンクリートで雨がかかる所に使用したいと言うと、耐久性に関してはアクリル系が良いと言った。
ではエチレン酢ビ系の樹脂は外壁では何年もつか聞いたら2~3年しかもたないという。
なぜアクリル系の樹脂が良いかと聞いたら消泡剤が入っているのはその会社ではアクリル系の樹脂だといった。
いささか河田としてはふにおちなかった。

では樹脂量はどの位入れるかというと10%入れた方が良いという。
以下10数ページに渡って樹脂の混入量を変え、別のメーカーの樹脂に変えて試験体を作り、4~5日経てば水中につけて引き上げては表面硬度を調べている。
案外種油やサラダ油も良いデータ―を示していた。
結局決定的なものはないままケースバイケースでやればよいということになった。

前述のガラスビーズを混入したノロもその一つである。
いつか左官教室から、瀬戸内仕上げとして発表した外壁も、風雨にさらされて3年以上経過した今日でも、爪では傷がつかない位硬くて剥離や劣化の現象は見られない。
石灰は未知なことが多い。

スサは在来のスサから始まって(紙スサを含む)ガラス繊維、ビニロン繊維、炭素繊維等の化学繊維を色々と混入してみたが、確かにスサは効果がある。
今は手が届かないと思っている炭素繊維も、近いうちに気安く使えるようになるだろう。




紙張工法について

漆喰、特に石灰クリームにセメント混和用ポリマーディスパージョンを混入した塗材を試行錯誤するうちに、樹脂の混入率や樹脂によっては作業性が悪い。
粘性の高い塗材が出来る。
この場合、一番難しいのは表面に生じる表乾現象であり、鏝押えするタイミングが難しい、特に整面化をしやすくするのと、表乾時間を自由にコントロールできないかと考えているうちに、表缶を押えるには塗材を表面からビニールで覆えばよいということに気付いた。

又、漆喰塗とは関係ないが、以前にモルタル塗りの整面化に、モルタルを塗付けた壁面がやわらかいうちにメタルラスを張り、その上から木鏝をかける工法を一時施工したことがある。
塗付けた塗材がむら乾きするモルタル壁に、メタルラスの表面から木鏝を使用すると塗材の界面を移動さすことなく、思ったより簡単に整面できるものである。

その当時はモルタル鏝押えをする場合、昼過ぎまでモルタルを塗付けて夜まで鏝押えをするのが一般的であった。
それを午後3時過ぎまで塗付けてラスを使用して整面化し、整面が終ればラスをはがして軽く木鏝を当てておき、硬化時間を見計らって鏝押えをするという工法である。
これは前述のように翌日コート掛けをするようになってやめてしまったが、これを思い出し、いっそ樹脂混入の石灰クリーム(河田は会えて漆喰だと思っている)を塗り、その上から紙を貼り付けたらどうなるかやってみた。

又、もう一つの理由はコンクリートの補修モルタルが型枠工の出来、不出来により施工費が不安定であり、下地工であるため単価の向上はあまり期待できない。
元来左官は仕上工であると自負しても、表現をする場を中々与えてもらえない。
工期の短縮が至上命令のような今日、コンクリートであれ、木毛板、珪カル板等何でも接着できる薄塗工法の樹脂混入の石灰クリームに紙を張れば良いという発想であった。
いつも通り地元の企業を訪ねて紙のことを聴き、試行錯誤を繰り返した。
福岡県八女市の(株)中村製紙所及び(株)クラレの星野氏には随分お世話になった。
一連の試験体が左官教室に発表されたが河田としてはまだ耐候試験が済んでない。

平成元年5月に製作した試験体が、現在も梅雨に打たせて軒先においてあるが、1年間戸外に置いて風雨にさらした位では紙は試験体に密着しており、風化し、退化した現象は見られない。
外部に使用すれば別だが内部の使用は大丈夫だと思われる。

石灰クリームについては、あれこれ前後して書いたが石灰、特に微粉末に調整した石灰クリームに取り組んだ7年間の資料のうち、ほんの一部を書いてみたまでで、石灰クリームを素材として考えた時には、この何十、何百倍かの組み合わせがあるかも知れない。
あれも本当、これも本当と相反するようなことをやってもそれなりに塗材として使える。
土は神秘であり、石灰は未知なことが多いと実感している今日である。
ドンキホーテのような田舎左官が生きた証として取り組んだ左官用塗材及び技法をまとめておきたいと思ったが、石灰一つにしても疑問が多い。
今日も相変わらず鏝を握って、たかが左官、されど左官と呟きながら…………。



※河田氏ホームページ掲載記事(平成2年6月18日)より転載

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