河田氏連載1

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泥狂記 第1回 (平成2年11月)

河田繁行



平成2年11月に10数年ぶりに上京して、幕張メッセの会場で感じたことは、21世紀の家造り、街造りのテーマを各メーカーさんが懸命に努力されているのを見て、明日の左官は、このような方向に行くのかなあと思いながらも、私のような地方都市に土着した左官の受けた印象は、明日まで待たずに今すぐにでも一般の住宅に使ってみたい左官用の塗材は(金額、色彩、感覚的にも)数が少ない気がしたのは田舎者のせいでしょうか。
ただ、住宅以外に使ってみたい塗材もあり色々と参考になりました。

以上のことを踏まえて私は会場では、水土クラフトユニオンの同志が、つつましやかに出展していた大津磨きを除いて、見ることの出来なかった土物壁が、明日の左官にどのように寄与できるか推察して見たいと思います。



私は何時か土は神秘であり、石灰は未知のことが多いと実感を書いたことがありますが、土や石灰は永い歴史があり、その間先人逹が研究された色々な配合や技法が現在の私達に伝承されて来ています。
土がある限り日本の住宅から在来の土物壁が全く無くなるとは考えられませんが、在来の土物壁はさしおいて、土の可能性や土の利用の拡大をさぐる一端になるかも知れない、私のささやかな実験の一部を、土を主材とした上塗材にしぼって書きます。

零細な左官の親父と呼ばれている私が行った、又は行いつつある実験は、私を支えてくれている事業所内職人の老齢化対策の一環であり、できれば地元に豊富にあり、利用されていない土が使用できないかと行っただけです。

内壁については、ここ3年前くらいから市販のいわゆる新建材?と同等もしくは少しは上だと作業性では、自負できる土物壁の上塗りを配合することが出来ましたが、これは糊料、樹脂、界面活性材を変えれば良いことがわかったからです。
しかし、この塗材は硬度または耐水性は市販の塗材と同等くらいしか出来ず、硬度および耐水性を付与するために合成樹脂の量を増すと土の色相が変わり、伝統的な土物壁の上塗りの良さから外れてしまいます。
この塗材を試行錯誤するうちに、何時かは内外壁に塗ることができる硬度のある疎水性の土物壁の上塗りが、発想を変えれば出来ないかと思い始め、また出来るという確信を土が教えてくれました。

方向としては
1. 私ができるものは、塗材の物性は無学な何の設備もない一左官では、年月をかけた暴露試験か、たやすく目でわかる水中に浸したり、タワシでこすることしか出来ない現状でも作業性は左官が一番よくわかる。
土の上塗りは山口県でもあまり施工されてなく、日常の作業は殆どモルタル工事が主であり、習熟した職人がいない現状では、作業性が悪く、技術的に難しければ職人も嫌う。
当りの単価が高くなれば施工範囲が限定される等の理由で、少なくとも市販の新建材程度の作業性と同等にする目標を立てました。
2. 何故土にこだわったか左官用の塗材は昔から複合材であり、石灰や土は複合材に適しているのに歴史が古く、一応完成されたものと錯覚され?時代が湿式工法から乾式工法に流れを変えた現在では、色々な欠点や費用、塗り下地等が改善できないとメーカーや特に左官が思い込み、その結果、設計士さんからも特殊な工事を除いて、忘れられたのではないでしょうか。
安くて丈夫で、古くなればそれなりの風情の出る塗材の中に土物壁が入ると私は思います。
以上誰にでもわかる理由でまず考えたのは上塗材です。

どんな下地にでも塗れる上塗り材なら、現在下地工に甘んじている我々が仕上げ工に浮かび上がることができる。
しかし、発想を変えたらと、偉そうなことを申しましたが雲をつかむようなことですので、先ず木質板の上に水ガラス系と土と合成樹脂を混合した上塗り材を1~2mm前後(普通の上塗りの塗厚と同じ)に直塗りし、耐火度の高い硬質の上塗り材が出来ないかと始めました。
水ガラス系の珪酸ソーダは出入りする会社の製品ですので、昭和57年頃多少関心を持っていましたが、珪酸カリはヘキストジャパン(株)の稲村氏から、リチウムシリケートは本荘ケミカル(株)から資料を頂いて、始めたのが昭和60年11月頃からです。
バカな試験も随分やりました。
記録した配合表は百ページ以上になります。
試行錯誤の結果、土物壁の外観をした耐火度の高い(通常の塗材よりは)硬質な塗材を2.5mmのベニヤ板に塗り、バーナーで焼いて8~14分位までベニヤ板が燃えない塗材が出来ました。
この間リチウムシリケートを混ぜ込んだ土物壁は乾燥するに従い、きれいな小クラックが発生することがわかりました。
この壁の表情は幕張メッセの会場で某メーカーの出展品の中なにありましたので、おやと思いました。
この小クラックを防止するためにイソシアネートの変性品のような水に合えば発泡するものも混入し、出光石油化学(株)化成品研究所の安吉氏に褒められたこともあります。
イソシアネートの変性品とワラスサを多量に混入した土物壁は、塗材が乾燥するに従ってワラスサがきれいに出ますので、
都会のソバ屋さんにでも塗れば案外受けるかも知れないと幕張メッセの会場で受けた田舎者の実感です。


以上の塗材は現場で使用することがないため今でも資料庫に保管したままですが、この間土や石灰は複合材として色々な異種類のものが混合でき、水にも強く、硬度や耐火度の高い塗材が出来る可能性を信じることが出来、また混合するコツも次第にわかりました。
平成元年10月頃、外壁に塗れる疎水性土物壁の話しがあり、その現場に合う塗材の製作に取りかかりました。
昭和57年からのデータの中から二つの方法を選び集中的に試験体を塗り始めました。

塗材の条件として
• 作業性が良いこと。
• 疎水性であり硬度があること。
• 伝統的な土物壁の上塗りの材料を使用し、色相や材質感をできるだけ損なわないこと。
• 古くなって風情が出る壁面が欲しい。補修がたやすく出来ること。
例えば、表面が多少劣化して風情が出た頃に、表面から無色の液を含侵させて補強できること。 自由に凹凸等ができ、巾広い表現ができる等が必要だと考えました。

現場は私が信仰する防府天満宮の研修所の工事で実施までに約1年間の余裕があり、助手の藤井と試行錯誤の日々を送りました。
宮島の大聖寺の茶室を見学に行ったりしましたが、有難かったのは、私は土物壁に全く関心がなく、無知であった時に土物壁を教えてもらった京都の佐藤嘉一郎氏が、関西大学の山田幸一先生と一緒に私の陋屋に来訪され、伝統的な土物壁や漆喰について色々と教授して下さったことです。

前述二つの方法の1.は長スサ散らしの引き摺り仕上げで、土は地元の土を使用し、合成樹脂で疎水性の塗材を考え、2.は稲荷山黄土で珪酸カリと合成樹脂を混入し、通常の仕上げをする疎水性の塗材です。
1.の塗材の場合問題になるのは、配合土に対し、合成樹脂をいくら入れれば土味を損なわない耐候性で作業性の良い塗材が出来るか?です。
また配合土に予め粉末の糊料を混合し、合成樹脂を混合する場合と配合土を水で固めに練り、合成樹脂を入れて練り上げ、最後に増粘材で塗材を調整する方法を、私は長らく試験体で追って来ましたが、どちらも一長一短があります。
微粉末が多い粘土を主とした場合と、砂のような粒径の大きい骨材を主とした(新建材?)とでは、微粉末の多い粘土の方は表面積が多いため合成樹脂の量を増さなければならず、樹脂量を増すと土の色相も変わり、樹脂量によっては塗材が軟らかくて塗ることが困難になります。
土を練る場合は粘度の高い糊料を配合土に空粉で配合し、合成樹脂の量が少なければ水で稀釈して練り上げますが、 樹脂量が多ければ原液を直接混入しなければ塗材が軟らかくなります。
この場合、十分に練ったつもりでも又は練りおいて使用しても、粘土の周辺にある吸水性の高い糊料は粘性が高ければ、膜(バリヤー)を造り、果たして微粉末の粘土の細部まで硬化材としての合成樹脂が、完全に混合できるかと言う不安がいつもありました。


一方、糊差し工法のように先に配合土を練り、後から樹脂を混入し、最後に増粘材で調整する方法は、土の粘度を十分に引き出すことにより増粘材の量を加減すれば、作業性は前に比較すると確かに優れているが、増粘材まで水溶液にすると配合土に対し、水比が多くなり軟らかくて塗れない等の矛盾が生じます。
配合土に混入する合成樹脂も各メーカーの粉末樹脂を含め一通り試験塗りしましたが、 配合土に混入した合成樹脂のため土の色相が黒ずめば大体硬度もあり、水中につけても軟化しないことが一つの目安になりました。
いろいろ問題も生じましたが結局①の長スサ散らし引き摺り仕上げは、地元の福川土に砂と、みじんスサを加え、水で固練りし、 合成樹脂は三井サイアナミッド(株)のアコスターを配合土に対し、容積比で約30%混入しました。

他の合成樹脂、とくにアクリル系の樹脂は耐候性に優れていると思いましたが、配合土を水で固練りし、容積比で塗材の量の20%加えますと塗材は軟らかくなりますが、アコスターを混入した場合は、反応?して塗材が凝集して固くなるのか、又はゲル化?するのか、撹拌していると塗材が次第に固くなります。

ゲル化とか反応とか偉そうに申しましたが、私はこの現象の理論的なことはわかりません。
この現象はある種の糊料でも出来ますし、探せば色々な物があります。

私の云うゲル化?した塗材は強度が落ちるかどうか昭和57年頃から、この現象に気付き多少試験体を保管しており、現場にも塗りましたが今の所試験体も現場でも強度は変わりませんので、この方法でも良いのではないでしょうか。

配合順序は、配合土を水で固練りし、アコスター、分散剤、消泡剤、日本精蝋(株)のエマスター、増粘剤を混入して練り上げました。
私は前から樹脂を多量に混入する場合や、疎水性の塗材に光沢が欲しい磨きものは、白華防止の目的で日本精蝋(株)のエマスターを界面活性剤の意味を含めて混入しますが好結果が得られます。
この塗材は作業性が良く、土の色相も他の樹脂に比べてあまり黒ずまず何とか初期の目的を果たすことが出来ました。

1.の稲荷山黄土に珪酸カリと合成樹脂を混入した塗材は、設計者の指定された色に近くするため、 稲荷山黄土の配合土に珪酸カリの水溶液と硬化剤を入れて練り、日本ヘキスト合成(株)のアクリル系樹脂のモビニールと分散剤消泡剤を加え、更に日本精蝋(株)のエマスターを追加し、増粘剤を加えて練り上げました。

この塗材を作成したのは、水ガラス系と樹脂を混合した塗材を、前述の通り木質板に塗り、耐火度の高い土物壁を作成した経験からして水ガラス系のものを混入した塗材は、土の色相があまり変わらないという経験が元になりました。

水ガラス系の硬化剤は、永い間入手できないかと探しましたが入手出来ず、結局公知のグリオキザールを使用しました。
ただ水ガラス系のものは、特許が多く、私も可能な限り調べましたが、情報の少ない地方に居りますと全部のことは知ることができず、この稿を書くにあたり、公知の硬化剤を使用しているのでダイソー(株)の特許に関係ないことを確かめて書きました。

硬化剤の量を加減することによって塗材の固さを調節できることも合わせて知りました。
このような2種類の塗材を1回目は湯野温泉、2回目は防府天満宮研修所の内外壁に使用しましたが、塗り終えてみますと前後を通じて7年間追い続けた塗材のため、さすがに感慨深いものがありました。

私のこのささやかな独断と偏見からなる小さな実験を通じて土の可能性を申しますと、土は複合材として、今後も色々な物質と共に共存しながら塗材として生き残るだろうと思います。
私が試みただけでも10種類はあるので左官としても魅力のある素材であることに間違いはありません。
土に関しては、左官教室に執筆されている増田修氏と、一昨年彼の家で一晩語り明かした時の彼の土に対する情熱や知識に敬服したことを思い浮かべ遠くからエールを送ります。

土は種類によっては焼いて使用すれば接着性が良くなるとか、多量の炭素繊維を樹脂で溶き、充填剤として少量の土や骨材を混入し、薄塗りの土物壁の下塗りに使用する等いろいろなことも分かって来ましたが、これはあくまでも左官の感覚で考えたことで、土は左官から離れた感覚で見た時には、新しい装いをして左官工事に組み込まれる可能性があると思います。
その場合、コテ塗でも吹き付けでも出来ると思います。



この小さな実験でも数年に及ぶと、色々なメーカーの方や先生方に、ご指導やご協力をいただきました。 後に続く人達のためにもと思い、ここに明記して深く感謝致します。

-順不同、敬称略-
位登産(株) 東ソー(株) 三和建設(株) 日本シリカ工業(株) 出光石油化学(株)化成品研究所 カネボウNSC(株)技術研究所  日本精蝋(株)研究所 ヘキスト合成(株) 新興建材(株)本荘ケミカル(株) 三井石油化学工業(株) セル建材(株) 三菱化成(株)  小林化学工業(株) 大阪ガス(株)エンジニアリング 三井サイアナミッド(株) 日本化学工業(株) 花王(株) 新南陽市商工会発明経済研究部


参考にした文献
左官工学 鈴木忠五郎著 建築用仕上塗材のはなし 小俣一夫著 平成2年11月28日

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