木村謙一氏連載2

左官的塾 web

塗り壁の文化を伝える

| HOME | 連載一覧 | 木村謙一氏連載2 |

物件No.2「ホテル川久」の石膏マーブル 花咲か団(作)1991年11月

美術仕事人 木村謙一


連載2回目は、ホテル川久の石膏マーブルです。久住章氏が社長となって創設された株式会社「花咲か団」の作品、ということになります。

木村2photo21.jpg

ホテル自体の話と、ホテル内あちこちで行なわれたたくさんの左官仕上げの話はさておきまして、ロビー両側左右12本ずつ、合計24本の青い石膏マーブル柱に限って、今回は話を進めます。この24本の列柱の制作に、実は筆者も関わっていますので、「論じる」というより「思い出話」的になりますが、お許しください。

前回の湘南台文化センターで、久住氏のことを知ってから、数ヶ月後。筆者は、自分の抱えていた小さな公園の仕事を久住氏に依頼している最中でした。そんな時、いきなり大きな声で「一緒にドイツに行きましょう」という電話があり、公園の仕事が始まる前に、久住親方と筆者は、ドイツへ飛んで行ったのです。

ドイツでは、石膏マーブルを、たっくさん見ました。なかでも、青いマーブル柱があるという、山の中の小さな教会へ出かけた時は、紹介してあった本の印刷が精密でないせいもあって、かなり美しく見えていたので、「こんなのやりたいなあ」「早く見たいなあ」と、ワクワクしたものです。

ところが、その教会の祭壇の両脇にあった青い柱は、石膏マーブルではなく、手描きのペインティングだった!のです。今思うと、この時の大きな落胆が、「マネゴトではない」あの24本の創作に幸いしたのかもしれません。

もともと、石膏マーブルの仕事は、大理石が多く採れないヨーロッパ中部ドイツの人々が、大理石に恋い焦がれてあみ出したフェイクの技法です。前回、筆者が「無視します」と言った、擬岩、擬木の類であり、「擬似大理石」という、まったく「ありがちな」発想に基づいた技法なのです。

木村2photo22.jpg  木村2photo23.jpg

上の2枚の写真は、ドイツでの一般的な施工例です。左は丸柱、右は教会の祭壇です。特に右のものは、現場での即興的マーブリングがうまくいっていて、技術的に高度と言えます。ドイツで見た石膏マーブルは、まったく稚拙なものから、高度な技術のものまで、いろいろでした。しかし、「お手本」はついに見つかりませんでした。

現場施工の方法をとらず、淡路島の工房で制作したものを、和歌山県白浜の現場に運んで、躯体柱に張りつける、と久住親方が言い出した時には、筆者は反対しました。ドイツで久住氏に石膏マーブルの手ほどきをしたマイスターも、反対しました。「不可能だ」とキッパリ、言っていました。

久住親方は、「わしらなら、できらぁよ」と、自信満々でした。もう、この勢いのかたまりのようなオヤブンといくとこまでいくしかないなあ、という気持ちになったのを、筆者はハッキリ覚えています。親方のその迫力に満ちた「確信」が、すべてを牽引していきました。

それから、淡路島で二年以上をかけて、「花咲か団」の旗のもと、全国から集まった15名ほどの優秀な左官のサムライたちが、全力を尽くして出来上がったのが、ホテル川久の青いマーブルです。技術的基盤はドイツの「擬似大理石」であるけれど、細かい模様の作り方を含め、感性の面でも日本の「花咲か団オリジナル」と言えるものの誕生でした。

木村2photo24.jpg

出来映えは、皆さんには、どう感じられるでしょうか——? 先に話に登場したドイツのマイスターは、この24本の柱を見て、このようなものはドイツにはないし、その美しさにビックリした、と語られました。

天井の金箔や、頭柱に入り込んだ金箔とあいまって、何か「和風な」あるいは、「東洋的な」感じを、受けませんか? それと、静かで、何となく「海の中」のような感じを受けませんか?

本稿途中で、フェイク技法の話をしましたが、筆者はこう思っています。表現されたものが、意図的であろうとなかろうと、オリジナリティを持っていて美しければ、美術的左官物件と言っていいだろう、ということです。「マネゴト」はだめです。そして、そのようなモノが出来上がる過程には、語り尽くせない葛藤や落胆や方向転換や、情熱のぶつかり合いや、新しい「ひらめき」があります。久住親方と花咲か団の数年間には、濃密に、それがありました。

筆者は、ホテル川久の青いマーブルに、絵描きとして参加し、色出しや模様の下図作りを担当しましたが、一回も「ブルーバヘヤ」とかいう青い本物の大理石を見ていません。何もお手本とせず、花咲か団のメンバーがくり返す、「やみくも」とも言える膨大な量の技法実験をもとにして、これまた「やみくも」に、下絵を描いていたように思います。何回も描き直したように記憶しています。 

最後に、写真をもう一枚。

木村2photo25.jpg

ちょっとボケてますが、スイス国境に近いドイツの、トゥヴィーファルテンという名の山の中の教会で出会った石膏マーブルです。写真では細部がわかりませんが、すばらしい擬似大理石でした。現場施工でしか出来ない、オリジナリティあふれる明るくかわいい列柱です。

同様の技術的基盤の上に、これほど異なった表現が可能な「左官」というものに、筆者が魅了されていくのも、無理のないことだと、思いませんか——?

連載一覧へ戻るLinkIcon