壁面緑化で町に緑を
渡辺左官工業所 渡辺文良さん
12月の中旬、植栽ブロックなるものを開発し、施工している人がいると聞き、東京都葛飾区に出かけた。目指す先は中川にほど近い住宅地。到着すると、落ち葉を掃いている男性がいる。渡辺左官工業所を営む渡辺文良さんだ。目の前には背の低い土塀のようなものがあり、たくさんの草が生い茂っている。それが植栽ブロックだと紹介されたから驚いた。言われないと下地がブロック塀だとはわからない。
さらにびっくりしたのは、塀から直接木がにょっきり。高さ5m以上、幹の太さが直径10cmあるものも。「これは南京ハゼでね、種を埋め込んだらあんなに大きくなっちゃって、困っちゃって」。渡辺さんは照れ笑いする。
始まりは独創的な発想から
草花や木の生える塀を考案したのは、「緑がほしいけど、土地がないって言う。けど、塀ならできる」と思いついたことがきっかけだそう。なんて独創的なアイデアだろう。塀に緑と聞くと、ついツタが絡みつく壁面をイメージしてしまいがちだが、「壁から緑が生えてくるのが壁面緑化」と渡辺さんは力を込めて説明してくれる。
アイデアを実現しようと、渡辺さんはメーカーと共同で、「植栽ブロック」(エコブロック)を開発した。目の粗いブロックに肥料を混ぜたもの。施工法としては、防錆鉄筋を組み、植栽ブロックを積み上げ、土とワラと肥料を混ぜた調合土を全面に塗りつけ、さらにガラスネットで表面を覆う。「そうすると、雨にたたかれても、塗ったものが落ちてこないんですよ」
「放っといても雑草が生えてくるんだけど、種さえあれば何でも育ちますよ」
塀の前に立って嬉しそうな渡辺さん。最初は芝生を一面に生やしてみたが、「飽きちゃって」。それからドングリ、松ぼっくりの種、南京ハゼ、ナデシコ、キキョウ、アリッサム(アブラナ科の植物。黄色の小さな花をたくさん咲かせる)、ニラ、アスパラ……といろいろ試してみた。
「種を植えてしばらくすると、うわ〜って生えてきた。しょっちゅう、刈ってなくっちゃならなくて、水もやんなくちゃなんないし」。だんだん渡辺さんの口元がほころんでくる。挿し木でもオーケー。根っこがブロックの中に直接入ってからみつき、何でもグングン成長する。野菜だって収穫できる。こちらまで楽しくなってきた。好みで四季折々の草花、野菜まで楽しめる塀なんて、ほかにはないだろう。
誰でもできる壁面緑化
これなら市街地だけでなく、都心部の住宅にも応用できそう。既にあちこちの塀で壁面緑化を施工したと聞いて、うちの実家もこんな塀だったらいいな、冬には小松菜がほしいな、と思っていると、左官屋さんでなくても誰でもできると渡辺さんは教えてくれた。
「お客さんが自分たちでもできるようにしていかなくちゃ。そしたら広がるよね。塀はね、日かげのほうがいいよ。西日が当たる場所だとかえって無理。乾燥するから。でも、乾燥すごかったら、上からビニール張っちゃうんですよ。いろいろ工夫できるから。もし面倒くさかったら、雨だれが落ちるようにしておけば、そんなに散水しなくても大丈夫。朝起きて緑見るだけで気持ちが違いますよ。癒しって言うか……」
たしかに緑があると気持ちが和らぐ。自然が身近にあると、これほどここちのよい空間になるとは。春になれば昆虫や蝶も来るだろう。町中こんな塀だったら、なんて素敵だろう。
ベランダに蝶を舞わせたい
実は、渡辺さんは無類の蝶マニア。なかでもホソオチョウ(アゲハチョウ科の蝶)がお気に入りで、「葛飾にホソオチョウを舞わせよう」と印刷したハガキも作り、配っている。ハガキの内容を紹介すると……
Q1 ホソオチョウの生息地はどこですか?
A1 現在は山梨県の一部分だけです。
Q2 羽化するとすぐ飛び去ってしまうのでは?
A2 食草があればその周りで緩やかに乱舞し、人が近づいても逃げません。
Q3 いつごろ見られるのでしょうか?
A3 毎年5月中旬〜9月まで見られます。
Q4 幼虫は何を食べているのですか?
A4 ウマノスズクサ(ツル科)を食べています。ベランダでも簡単に飼育できます。
「自宅のベランダにも植栽ブロックを置いて、ウマノスズクサを植えてて……。山梨からホソオチョウの幼虫を捕まえてきて、育てるためなんだけど。食草があればチョウチョがどこにも行かないんだ」。愛おしげに、写真を示してくれる。ビデオも見せてもらった。ホソオチョウが渡辺さんの手に止まったり、ふんわりと舞ったり。逃げないどころか、手から離れないシーンが印象的だった。5月になれば、蝶に囲まれて幸せそうな顔をした渡辺さんにきっと会えるだろう。
(取材・文 鬼久保妙子)
渡辺左官工業所
〒125-0054 東京都葛飾区高砂6−13−25
tel.03-3609-5434 fax.03-3627-4778