ちかば散歩⑩ 自分に向いた鏝
蟻谷佐平 (編集員)
2014/01/01記
左官に成りたての頃、鏝道具屋に行って買い物するのは、まだ少ない給金からいくらか工面して買うので慎重にならざるを得ない。でも、鏝を選ぶもなにも、経験も知識も足りない時分、迷いながらアテヅッポウで選ぶことも多かった。棚にズラリと並んだ鏝の鋼質や寸法を見ながら、その中の数本を手に取り、どれにしようかと選ぶ時、剣先をチンと弾いて音を聴いてみたり、上下四方から眺めて良し悪しを探るような仕草で品定めをした。そして塗壁経験も増えるうち鏝道具も増えて、次第に自分の仕事に向いた鏝を見分けることの「目利き」もできるようになる。
さて、まっさらな鏝にもクセがある。前回紹介した『左官道具のはなし』(崎山盛繁 著)のなかに、鏝の見分け方について記してある。鏝を選ぶときの参考になるかと思うので、抜粋転記する。
1. 反っていないか、正しい肉がついているか。
実際問題として荒壁用のコテは先が多少反っていても作業に影響はない。しかしそれが大きくなると作業が難しくなるので、この反りをできるだけ防ぐために、コテは首のつけ根を中心に中央部にゆるやかな形で肉づけがされている。これはコテづくりの基本なのである。この肉づけは地金や半焼のコテの場合、使用材料が「アマイ」ときは一層重要なことである。また、仕上げのコテで肉薄の大津や波消でもこの原則は重要なことである。波消の場合コテ先はわずかにうちに向かって「コゴム」ほどのものが無難とされている。それは使用目的によって異なるのである。それと磨きの道具ではコテが受ける圧力が大きいことはもちろん、壁面に対しても圧力が強くなるとして一層重く厚い肉づけがされているものもある。しかし、肉づけすることによって、コテは重くなることが避けられない。最近若い職人の仲間には軽いコテを好む傾向が強く、つい大切な肉づけを無視した平たいコテが多くなっている。背肉を取ったコテは確かに軽い。しかし反る率も高くなる。そこで硬い鋼材を用いて、このマイナスをカバーしようとしている。しかし硬いコテは、表面粒子も細かく半焼ゴテに比べてスベリが良いため、素材が壁面に充分圧着できない場合がある。そのことが壁のクレームの原因となることもあって、特別な壁を除き、荒壁には肉のある荒ゴテが良いのである。
2. コテに割れはないか。
ステン、人造中首、磨きの道具など、焼入れしているものには割れの入ることがある。そのほとんどの原因は、乱暴な扱いによる衝撃であると思われるが、なかには焼入れ時の焼割れが原因となっている場合もある。このようなものは、割れた断面をみると、古い焼割れ時の痕跡が残っているので判別ができる。コテ割れをみるには、まず小さな金属で打ってみること。音の広がりが平均しているものはまず問題はないと思って良い。
3. 刃通りに曲がりはないか。
刃通りは両側とも均一な厚さのものが良い。そして刃通りに曲がりのないものが好ましい。コテは一本一本手造りするものであるため、旋盤で削り上げたようにはいかないまでも、刃通りに目立った曲がりがあると塗り壁に「ムラ」ができて作業に余分な時間を費やすことになる。ただし、荒壁用のコテでは多少のものは使用中に修正されていくので、このことも知っていると良い。コテの故障のなかには、取扱いの不手際から曲がったりするものが多いので、原因を一見して看破するためにも平常なコテの形状を熟知していることが大切である。
4. コテにねじれがないか。
コテの狂いのなかで、このねじれが大変厄介(やっかい)なものであることを知ってほしい。刃通りが良いコテでもこのねじれのあるものがあるので、コテをみるときはこの点を注意すること。ねじれたものは柄を抜いて修理しないと完全にならないので修理に出すことが良い。
5. コテ先の角度は良いか。(四半の項参照)
・・・・四半ゴテにかぎらず日本のコテには剣先という部分がある。この角度に一つの決まりがあった。もとは日本刀の刃先の形が原型であったと伝えられている。それというのも、日本壁は洋式壁のように隅に額縁をはって仕上げるものと異なり、隅から始めて隅で終わる工法が用いられているので、壁の隅におけるコテの角度は非常に重要な意味があった。コテは壁の角では隅が完全に押さえられて、わずかに遊びがあることが必要なことから自然とこの角度が普及したとみるべきかも知れない。今は機能的な原理とか原則などおかまいなしにカッコ良いコテ先にしたものが増加してきた。しかし、永い伝統のなかで守られてきたことは、自分自身に納得のいく仕事をするために意外と重要な約束ごとが秘められていることがあるものである。また地金四半、四半柳刃、人造四半、お福柳刃にはコテの背面に矢ハズがついている。四半は地域によって呼び名が異なる場合がある。例えば柳刃といわれたときは普通の地金四半を指していることがある。・・・・・。
6. コテの表面に「ムラ」がないか。
コテは小さなものは別として、背肉のついているものではその裏側は多少窪(くぼ)んでいるものが良い。最近の平らなコテは、どちらかというと本筋から離れているといわなければならない。最近一部の地域で鋸(のこぎり)を扱っていた人々が、多くコテを造り、販売にたずさわるようになったので、コテ表の平らなものが良いコテであるかのように思われている。しかし、コテは鋸とは異なったもので、この原則をあてはめることはできない。これには別な理論とか原理があるので、それによって評価しなければならないのである。コテの「ムラ」は、外側6ミリどの部位にあってはならないが、その内側では多少のものは実はそれほど影響はないものである。要はカンナの裏のように、たえず外側に近い部分が平らになっていることが条件で、このようなコテであれば重いコテでも壁面では軽く操作できるのである。
7. 主要首はコテ尻から3分の1ほどのところに直角についているか、左右にずれていないか。
8. 主要首(シオクビ)は曲がっていないか。
中首の場合(面引を除き)、コテ板の切削部に首金を挿入して「カシメ」ている。従来はハンマーで行なわれていたが、最近ミーリングマシンを使用する工場が多く、能率は非常に良くなってきたけれども作業中のチェックが無視されることが多い。そのため、固定した角度によって首が曲がる場合がある。こんなときは表面は完全にみえても首のゆるみにつながることがある。
9. 柄はどうか。
コテの柄は関東と関西では形が違う。関東は卵型で、関西は丸型と西京型とがある。どちらが良いかは断定できないが、人間工学的な立場からいえば、力を入れて使用する作業には関東型が理論に合い、繊細な技を生かす作業には丸型は論外であるが西京方は適していると思われる。
しかしどちらの場合も柄は上部からみて正しくコテに平行についているか。側面からみた場合、コテ尻のほうがわずかに柄が上がっていること。柄すげのときに無理して柄割れが起こっていないか。柄のにぎり具合はどうか。コテの弾力は自分の好みにあっているか。などはコテ選びの基本的なことである。
そして、この鏝の見分け方の結びに、左官職人の寸話を添えている。
『17代も左官として続いてきた老人は、「コテについている柄は非常に重要な役割をしているもので、この道の人々は柄を握ってコテを意識するようではそのコテは良いとはいえない・・・・。自分の手のひらにすらっと握り込まれるような感じのコテが良い」と語っていた』。
ただ一本のコテ選びにも、禅問答のような表現がコテの微妙なできばえを指していることを思うと、この道も深く極めるものにはまた道の遠いことを知らされるのではないだろうか。