河西栄

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河西 栄の「閑々居 茶室の壁」

その1 オーナーの立場から

アートギャラリー 閑々居 北條和子


「画廊で一服差し上げます」という企画を思いついたのは昨年の夏。茶の湯を媒介に美術界の裾野を一般の方々に広げていこうという目論見です。しかし、毎月の催事に追われてなかなか具体化せずに、一段落の12月になってようよう、さて、茶室はどのように設えたものかとプランを練り始めました。

画廊のお客様でもある株式会社竹徳の鈴木社長にご相談したところ、施工は竹徳で、設計は本多健建築設計室で、ということでどうか、というお返事でした。お目にかかってみると本多さんは、お若いけれどとっても意欲的な方でした。茶室は初めてとのことでしたが、勉強させてくださいとおっしゃって、事前にずいぶん調べてこられたようです。その本多さんが持っていらしたプランは、点前座の右部分の壁に大きくアールをとった開口部を作って、画廊としての展示スペースを無理なく作ってくださった洗練されたものでした。

「左官で、河西さんという人がいて勉強家で良い仕事をなさっているのですが、この茶室の中心になる部分として彼にこの壁を頼みたい。」とのこと。もちろん二つ返事でOKです。ごちゃごちゃ装飾されるのはかないません。シンプルな、そして重みのあるワザモノでジワっと説得力のある表現こそ、大切な日本の美意識ですから。

しかし、閑々居からヘンテコリンなお願いをいたしました。故人となった友人の形見の「砂漠の砂」、大好きな作家のお土産の「ベルリンの壁のかけら」、中国西安で拾った「唐の瓦の欠片」、韓国安東の「壁の欠片」、熊野神社の「土砂」、を壁に混ぜたいと。ダメもとでのお願いでしたが、了承してくださったと連絡があって、お願いした当方も「どんな事になるのかなー」とイメージが湧かないような事だったのです。

そして、柱が立ち、下地が出来て、壁となりました。颯爽と河西さんがお仲間とやってこられて、グアラグアラと回る土混ぜ機械を設置。寡黙です。写真のフィルムケースに入った「リビアの砂」をぱらぱらと混入してさっさと下塗りが始まりました。黙々と鏝を使って、海草の匂いがする土を延ばしてゆきます。無駄のない動きが自信に満ちていてほれぼれするような光景でした。

ちょうどメディア向けのリリースの印刷発注に、茶室の写真が間に合わないという緊急事態で思案投げ首状態でしたから、絶好の被写体とばかりに、失礼ながらお仕事風景を撮影して、ちゃっかり使わせていただきました。キリリと手拭を巻いた頭つき、腰の入った立ち様、絵になる「男の仕事場」です。このリリースは大好評で、どんな茶室が出来るのか?という興味やら期待やらを呼んでくれたようです。モデルさんに感謝しなければ。

大きなカーブを描く開口部をどうやってまとめるのかと興味津々で見ておりますと、カーブに沿ってほど良く載せた土の上をスルスルと、簡単そうに半円の型を滑らせて見事に強張りのないアールを作ってしまいました。さも簡単そうに。絶対に簡単じゃないはずです。見ても見ても不思議な鏝の仕業を「次に生まれてきたら左官屋さんになろうかなー、」などと思いながら眺めておりました。さぞウットウシイ観客だったことでしょう。

そして、数日後、きれいに仕上がった壁が乾く前に、アレコレのカケラをくっつける段になったのです・・・が、なんと投げ付けてくださいとのこと! めり込むように力をこめて関係者一同が、エイッヤッと投げました。協力して下さったみなさんのお気持ちを壁が受け止めて、記憶してくれることになったのですから素敵ではありませんか。でも、美しく塗りあがった壁を汚すような、こんな事をよく許して下さったものです。今は、来る人ごとに自慢していい気分の閑々居ですけれど。そして、大きなアールの開口部を持つ壁は完成。

茶室完成のお披露目展覧会「間島秀徳 in Kankankyo」が昨日終了いたしましたが、本当にお客様方が茶室を喜んでくださいました。なかなかお帰りにならなくて困ったくらいです。ウルサガタの面々の評価も最上級です。この壁の暖かく滑らかなテクスチャーが無かったら、この美しいアールが出なかったら、この場所の完成度は半減したことでしょう。

人間の手が生み出す、計測出来ない何かが「なんて安らぎのある空間なんだろう」、「癒されます」「目が休まる」「居心地いい」「頭の中が緩む」「こういうのが人間の場所だよね」といった感想につながっているに違いありません。

どうぞ、左官に関わる方々、世の為、人の為とお考えになって技を磨いてくださいませ。
毎日、この場所にいられる幸福を感謝致しております。


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その2 施工者の立場から

東京・左官職人 河西 栄


上塗(仕上げ)の材料を用意

まず設計の本多さんから「土と左官の本」に掲載されている写真を示され、そこに写っている色土のような色で仕上げてほしいという要望がありました。同じ土を入手する方法もありましたが、今回は色土2種類をミックスすることにしました。自分で何度も調合した結果、希望の色を出せたかと思います。

・上塗に使用した材料
明石黄土、京都浅葱(50メッシュでふるったもの)
珪砂5号と6号をミックスしたもの
角又
藁(みじんスサ)


現場に臨む前の段取り

茶室の壁は約3坪。平面だけでなく、茶室入口にはアール部分もある役物なので、いっぺんには塗りまわせません。平面を塗ってから、もう片方の平面を、最後にアール面を塗るという手順になります。当たり前のことですが、すべての面を同じ肌にしなければなりません。

どこから塗るか、どうやって切っていくかなど、榎本新吉師匠に指導を仰ぎました。それから、きれいに仕上がるよう現場と同じ形の縮小版を作り、練習を重ねました。ぶっつけ本番でうまくできませんでした、なんてことはあってはならないことですから。最終的にできた見本を師匠に見てもらってから現場に臨みました。

アール部分には自作の「タッパー鏝」を使いました。この現場のアール部分と同じカーブのものを探していたところ、タッパーの角部分がちょうどいいと気づき、作ったものです。こうした段取りには4日間かかりました。


現場での作業

作業期間は3日間。下地はラスボードです。そこにボード用石膏プラスターを下塗、中塗合わせて10~15mm、仕上げは2~3mm塗りました。

アール部分には神経を使いました。特に出角(でずみ)。この現場の出角は茶室入口と丸窓の2カ所で、なるべく薄く、なすり付けるように慎重に作業しました。汚さず、はみ出さず、凸凹にならないように、と。最後の仕上げには下敷きを使っています。


最後に

この現場を依頼してくださいました本多健建築設計室、段取り良く進めてくださいました株式会社竹徳の町田監督、そして思い出深い品々を壁に付ける際に楽しそうにされていた閑々居の北條様、心から感謝しております。ありがとうございました。

(編集室 鬼久保妙子)



河西左官
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